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入学式

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地上に、不思議な力を持って生まれた「魔術師」や「魔物」という生き物が住んでいたのは今はもう昔のこと。力を人間のために使い、人間と共に生きた彼らの存在はすでに架空の人物像として扱われ、歴史からは姿を抹消されてしまった。


時代が進んでいくごとに、人間たちは自分たちの力で様々なものを研究し、また発見し、次々と新しい術を学んで世界へと取り込んでいった。
その結果として、神と同等に崇められて、または恐れられていた彼らの存在は、インチキだの邪悪な生物としてだの、そんなチンケなものだとしか認知されなくなってしまい、最後には生きる場所ですら1つたりとも残されないまま迫害されてしまったのだった。


では、そんな彼らは絶滅してしまったのか?

否、彼らは未だに生きている。
自分たちの最後の手段として、自分たちだけが作った世界で、生きることを決意したのだった。


魔術師と魔物だけが生きる世界「大聖堂」で。














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桜の花を咲かせていた木がもう生え変わり青々とした若葉を風になびかせている5月この頃。
大聖堂の中心街に立地しているとある学校では、新しい生徒を迎えるための入学式が行われていた。



校門の前に「入学式」や「入学おめでとう」とかかれた弾幕が宙を浮かび、白い鳩が空中を旋回する学校の中へ、初々しい雰囲気を漂わせる新しい制服を纏った少年少女たちが入っていくのが見受けられた。
大聖堂には様々な魔術学校があるが、その中でもこの学校は特に校内自体が広いもので、初めて見た者は相当な貴族学校か何かだと思ってしまうものだ。迷ってしまう者や道がわからなくなってしまいそうな彼らのために、案内係であろう教員や在学生の彼らは、せっせと忙しそうに手続きや案内として体を動かしている。


この学校の生徒は勿論ただの学生ではない。大聖堂に生きる魔術師、しかしこれまた普通の魔術師というわけでもない。
彼らが入学したのはただの魔術師を育てる魔術学校ではない。校名を「魔術兵士育成学校」といい、魔術を扱い戦う兵士を育てる高等学校なのである。
大聖堂内の魔術学校の中でも一番歴史が長く、学び舎としてのカリキュラムが充実していることで有名で、何よりも大聖堂を守るための兵士を多く輩出している貫禄ある学校なのであった。
生徒のほとんどは魔術師であるが、様々な種族の受け入れを可能とすらしているので生徒数は極めて高い。今年もその評判のおかげで、沢山の新入生たちが入学することになったようだ。




そんな、あどけなさを少しだけ残す新入生達が集まる校門前を、ある一人の少年が通りかかった。
その瞬間、同中で一緒におしゃべりしながら校内を歩く者たちや、一人で来てウロウロと周りを見回していた者、案内係として働いていた者たちの視線は一斉に彼へと向けられる。
視線は怯えているもの、少し引いているもの驚いているものなどとにかく好感ではないような印象を持ったものが多く、しかしその視線に捉えられてしまった少年は構わず足を進めて受付へと向かっていく。
受付の台まで行き着いたところで、彼は何やら準備をしている在校生の女子生徒に話しかけた。



「あの…新入生なんですけど、noviceクラスの教室ってどこにありますか?」
「はい、こちらで……ひィっ!?」
「……えと、なんか、すいません。驚かせちゃいました?」
「あ、いっ、いえッ!ごめんなさい!!noviceクラスね、東館の2階にあります!」
「…どうも」



驚きと怯えで目を見開く彼女をあとに、新入生である少年は後味が少し悪そうにその場を去り、女子生徒に教えられた教室を目指した。
昇降口に着くと、既に個々の靴箱には個人生徒の名前が一つずつ入ったプレートがあり、少年はその中から【織田信助】と書かれたものを見つける。靴を入れ、用意した上履きへと履き替えへて教室までの廊下をひとり歩き出した。

その途中に、生徒が全身を整えられるように壁へ設置された鏡を見つけ、思わずそこに立ちふさがり己の姿をじっと見つめた。はたから見ればどこのナルシストがやりそうな行動であったが、どうもそのような雰囲気は感じられない。
それはどこか、怪訝で悩みを含んだような面持ちをしていた。


(俺、そんなに怖い格好してっかな…?)


少年こと、織田信助は鏡に写った自分と向き合いながらそんなことを考えていた。
信助の容姿はこうだ、まずは金髪に染まったツンツンと毛先が立った短髪、そして赤黒く染まった血液みたいな瞳、右耳に付けられたワインレッドのピアス。服装は整ってはいるものの、全体はどこか近寄りがたいような雰囲気を醸し出している…ような気がした。
多分、一番の原因としては髪型と目つきだろう。目の色が変わっているのは魔力をもった人種の特徴だが、なんせ赤と黒の不気味な色だ。おまけに彼は目つき自体もそれほど良いものではない。
常に何かに敵意を向けているかのような、そんな眉間に皺がいつでも寄っているかのような印象が見受けられた。
勿論、本人は不本意なのだが。


こんな第一印象が誰にでも逆らうような不良じみた姿の信助だが、内心では随分と不安に陥っていた。
入学式当日からあんな視線を向けられ、ただ道を聞いただけの女子生徒の先輩に怯えられた。
何よりも、信助にはこの学校でしっている人物は誰ひとりいない。

この魔術兵士育成学校では、様々な種族の学生を扱うマンモス校でもあるが、さらにもうひとつの特徴がある。それは、大聖堂に生きる人間と魔物の混血を持つ者たちを唯一受け入れてくれるという体制であった。
信助は、人間と魔術師の混血であり、【半魔術師】と一般に呼ばれる立場にある。
今は大聖堂に移り住み、今年からこの学校が運営するマンションで一人暮らしすることになったが、小学校高学年までは信助自身、自分の正体も知らないで人間として普通に人間界で暮らしていた。

当初の彼は本をいつも読んでいるという根暗な印象を持たれ始め、ある日にいじめっ子グループに絡まれその本を取られてしまった。読んでいた本は自分の母から「絶対になくしちゃダメよ」と教えられ渡されていたもので、それを思い出た瞬間色んなものがこみ上げて力に目覚め、無意識に魔力を使って相手の子を見事コークスクリューブローで全治3ヶ月の病院送りにしてしまった…という経緯からまさかの小学校を中退した。
その事件のあと、怖くなって本を持ちながら必死で家まで戻って母に起きたこと全てを話したら、母は優しく笑いながら「おめでとう」の一言。
それからは自分が人間じゃなくて人間と魔術師の間に生まれた混血だとか大聖堂の存在など普通の人間が聞いたら目を点にしそうな話を聞かされた。さらに、その晩に父と妹を残して住んでいた家を出ていき、大聖堂の一件の家に住むことになった。

幼い信助に降り注いだ、いきなりの運命だったが、そこから信助は母の意向で大聖堂の中学校には通わされず、今日に至るまでの約5年間を母による個人教育で魔術の1からの基本から応用までを叩き込まれてきた。
昔に比べれば魔術も簡単なものまで使いこなせるようになってきたが、なんせそれは母による教育のおかげだ。実際に別の環境で魔術を習うのが初めてということに不安を覚えつつあったが、何よりも信助が一番不安になっていたのは、クラスでは変わり者扱いされないかどうかということだった。


目つきが悪いのは生まれつき。目の色が違うだけならこの世界じゃ常識だ。
髪の色は…染めたのではなく力が覚醒した際の突然変異によるもの。
されど先ほどの出来事を思い返してみれば思いつくのは最悪の展開しかない。幼少期の記憶が少しだけ蘇って少しだけ吐き気がした。魔力が使えるようになる前はこんなこと思わなかったのに。
これが俗に言う思春期というやつだろうか(※違います)











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「novice…ここが、俺のクラスか…」


とうとうついてしまったというべきか、信助は苦虫をかんだような表情をしながらクラスボードを見つめた。
それにしても、随分とした距離を歩いた気がする。そりゃあ大聖堂でも大きい学校だと聞いてはいたけど、わざわざ生徒がこれから通う教室をこんな場所に設置するのはちょっとしたミスなんじゃないかと思う。歴史がある学校といえど、教室はもっといい場所があっただろうに。

信助はそう思いながら、扉の引き戸に手をかける。何人か来ている生徒がいれば彼らは確実に信助に視線を注ぐだろう。または、念のため早く来たがこんなナリの自分が席に座っているのを後から見た生徒は目をひん剥くであろう。
ぽんぽんと頭から出てくる様々な展開に胸の鼓動が早くなっていくのを感じながら意を決して信助は扉を開けたのだった。


ガラララッ
バァンッッ



(しまッ………!!!!!)



勢い余ってものすごい力で扉を開けてしまった。
しかも、緊張で魔力を手のひらに無意識に込めてだ。
母に力のコントロールを教わったといえど、これは情けない。何よりも今まさにイヤな想像ばかりしていた時にこれだ。


(終わった……)


生徒がいなければ不幸中の幸いというべきか、もしいるならば自分はもうこの3年間はみんなの想像にあった不良キャラで過ごそう。
心の中でそう誓いながら、信助は冷や汗をかいて教室を見回した。






「……あ、」
「……んん?」



教室には、生徒がひとりいた。ちょうど扉を開けてから真正面に向かった窓際に。
ああ、さらば俺のスクールライフ…そんなことを頭でつぶやく前に、信助はその一番乗りにきていた生徒が振り向くと同時に目が合うと、呆然とした。

ちょうど窓際に立っていたその生徒は、女子だった。窓の光で逆光で姿は詳細的に見えないが身長は少し小さめなのが見受けられた。


「…もしかして、同じクラスの子?」


目先にいた女子生徒は、少し首を傾けるようにしてそう問いかける。信助自身は完全に怖がられちゃったんじゃないかと思ってしまい、完全に硬直して少しの動作もできなければ女子生徒の問いかけに答えることもできない。
何よりも自分は、同い年の人とは話すのは相当久しぶりだ。母による個人教育で育ってきた彼にとって話し相手といえば母と近所の魔術師である大人たちぐらい。周りには同い年の子供はおろか、年上の子供も年しての子供すらもいなかった。まさにこういう時、どうすればいいかわからないの状態。

要するに緊張してしまったわけだ、情けないことこの上ない。


「…ねえ、どうしたの?私の声、聞こえないの?」

女子生徒はまたも問いかけるが、信助は喉の奥から声が詰まってしまったような感覚で何も答えられない。このまま黙っていては相手も困るし自分にもイヤな印象がついてしまう。
相手の顔色こそ影で伺えないが、多分困られてしまっているに違いない。

何か…何かはなさないと…まずは自己紹介からだろうか?
信助が悶々と考え始める中、女子生徒はしびれを切らしたのか完全に信助と向き合うように正面へと全身を向ける。



次の瞬間だった。
女子生徒は本の少し前かがみにになったかと思うと、ダンッと音を立てて目の前から消えた。
「はッ!?」と信助が目を見開いたが、消えた女子生徒を探す前にそれは信助の眼前へとふわりと上から現れた。信助には何が起きたか理解できなかったが、女子生徒は窓側から教室入口までを大ジャンプで移動してきたと見える。随分と大げさなパフォーマンスだと思うが、信助は完全に度肝を抜かれてしまったようだ。

信助が混乱している間にも、女子生徒との距離はわずか10cm。
素早い移動技を見せつけた彼女はぐいっと顔を信助に近づける。2人の身長差的に彼女は信助の顔を覗き込むように見上げるかたちとなる。
信助はそこで初めて彼女の顔をみることができた。

少女は、パッチリとしたピンク色のグラデーションがかかった瞳。ぷっくりとした唇にほんのり染まった頬の可愛らしい顔立ちをしていた。
髪型は明るい茶髪なのだが、後ろ髪は毛先が肩につく長さのくせにもみあげ部分は胸まである変わった形をしていた。

そして何よりも信助が見入ってしまったのは………

(む…胸デカッ!!!!)

その少女の胸元だった。制服はキチンと来ているにも関わらず、胸元は大きくて締まらないのであろう、ブラウスのボタンは上から4つも外されてそこから谷間と下着が見えつつある。信助でなくてもこれは誰でもつい視線を下げてしまうだろう絶景だった。
思わず信助は、赤面する。
何よりも距離が近い。年頃の男子に加え、久々に同い年と(以下略)の信助にとってこれはかなり衝撃的だった。

2人はしばらくお互いの顔を見つめる体制をとっていた。
彼自身まず何から話せばいいか、というかもうどんなことを発すればいいのかわからないし、女子生徒は信助をじっと見つめるだけ。冷や汗が背中を伝い始め、せめてなにか一言でも言おうかと考え始めた時、彼女はようやく口を開き始めた。


「ふぅん…君、いいものもってるね」
「は…?いい、もの?」
「髪の色、魔力の突然変異でしょ?ハーフって顔立ちじゃないし、染めたとも思えない。突然変異で髪色が変わるなんて、相当な力を持ってる証拠だよ」
「な……」

髪型の事を指摘されたのは初めてではないが、原因を先に答えられたのは初めてで、目の前の少女の返答に対して信助は驚きを隠せなかった。
対しての少女は自分の予想が当たったのが嬉しかったのか、ニコリと笑って見せた。

「早く来て新しいクラスメイトと仲良くなろうって思ってたけど、まさかこんな子と出会えるなんてね。つくづくラッキーだと思うよ。

私、豊春由埜。キミと3年間過ごすnoviceクラスの生徒だよ。気軽に由埜って呼んでね。
よろしく!」


女子生徒、由埜はスっと手を差し伸べる。少しだけ異質というべきか、変わった少女というべきなのか、信助は戸惑いながらもその手を握り締めた。
一応、礼儀としての行為はしておかなくてはと…。

「お、織田信助だ。信助でいい、よろしく…」
「信助ね、覚えたよ!仲良くしてね」
「ああ…」

目の前の由埜は可愛らしい笑顔で笑っているが、信助はどうもそれに対して和むとかそんな穏やかな気分にはなれない。
自分の最悪の想像とは違う展開になったことにはホッとしていたが、いきなりの体操選手位並みの技を見せつけられ、初対面なのにすごい近い距離で迫られた。

なんだか厄介な奴と仲良くなるきっかけを作ってしまったんじゃないかとかすかに考えていた。







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あのあと、信助は他の生徒が来るまで由埜と話していた。彼女は生まれながらの大聖堂育ちで、自分とは違って魔術の使い方になれているらしい。
実家からこの学校まではかなり距離があるらしく、信助と同じく学校運営のマンションを借りての学校生活になるらしい。
つまり、運があれば彼女とは一緒に通学することになる、ということだ。


別にそれはいいことなんだけど…ただの魔術師の学生、にはみえそうにないんだよなあ…。
いや、ただの魔術師の学生すら、俺はあまり知らないんだけどさ。


それにしても、魔術師の学校の入学式はあんなにも盛大なものなのだろうか。
入学式を無事に終えた信助は、帰り道をトボトボ歩きながらマンションへ向かっていた。

魔術兵士育成学校の入学式は凄まじいものだった。
会場に向かうなり、そこはまるでどこかの教会の中のような構造だった。空間自体は柔らかいオフホワイトで配色され、シャンデリアが決まった距離でキレイに配属されている。
壁から漏れる巨大な窓から溢れる木漏れ日が、その空間の聖蓮さに拍車をかけていた。

自分の小学校の入学式は、そんな覚えていないが体育館で行ったはずだった。まさか祭典用の会場と体育館が別々で作られているとは想像もつかなかった。
小さい頃に見た某魔法使いの少年が入学したホ●ワーツ魔●学校みたいなことが、目の前で起きているのはどうも信じられなかった。確かに魔術師の学校の入学式だから似たようなとこもあるんだろうけど。

初日から驚かされるようなことしか体験した信助には、疲れがドッと出てきていた。
他生徒からの視線。
運動神経がやたらといい5年ぶりにできた友人、由埜。
盛大な入学式。
校長からの祝いの言葉の部分では、肝心の校長がいなくて会場がざわついたハプニング。

結局、学園長は姿を現さなかったので校長の話はなくなったが。



明日から、俺は一体どんな学園生活を送っていくのだろう。
もしかしたら、楽しい学園生活なんて夢のまた夢じゃないのか。
というか、自分って今まで学園生活で楽しいことなんかあったっけ?
いいや、ない。俺にはあの時、本を読まされていた記憶しかない。
いうなれば、あれって全部おふくろのせいじゃねぇのか?


俺…やっぱり、今になって学校で孤立すんの、嫌になってんじゃねえか?

小学校の頃の俺はどうしたんだよ、とか昔を思い返しながら。
明日のことを考えながら。
信助は面白くもなさそうなことを考えながら気づけばマンションの自室のドアの前へとつっ立っていた。